インターネット家庭教師集団ヘルベテのブログ

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遊びをせんとや生まれけむ(3)

 翌朝、船上で目を覚ますと、飛び起きました。部屋の丸窓から、水平線の上にかかる素晴らしい朝焼けが見えたのです。
 日頃は寝覚めが悪く、布団の中でいつまでもぐずぐずしがちな私ですが、その朝ばかりは二度寝しようという気分には少しもなりませんでした。東の空は今まさに明けようとしていて、その色が刻一刻と変わっていくのが見えるようだったのです。同室の人々を起こさないように静かに身支度して、私はまだ静かな廊下を通って早足で甲板へと向かいました。
 フェリーが上海に着くまでは丸2日がかかる予定でした。乗客たちは誰もが時間を持て余しています。子供たちは、ロビーにある古いテレビに映っている『ルパン三世 ルパン対複製人間』に夢中で、船の先端にある閲覧室には、夫婦が憂鬱そうに古い雑誌をめくっています。延々と甲板を走って往復しているランニングシャツ姿のおじいさんもいます。やはり皆、退屈しているのです。
 そんな時間をなんとかやり過ごそうと、私は時々、大阪に住むミエコさんという女性と話をしました。ミエコさんは中国の出身で、日本人と結婚して帰化し、独り身になった今では旅行が何よりの楽しみだと話してくれました。
 「わたしの主人はね、お刺身が大好きだったの」と、ミエコさんは流暢な日本語で話をします。「本当に大好きでね。それで寝たきりになっても、お刺身を食べたがったの。でもある時、マグロのお刺身を食べている時に、それが喉に詰まって死んでしまった。そんなふうに死んでしまったというのは、悲しいのかしらね、幸せなのかしらね。」
 そう言って、半ば微笑して、ミエコさんはまた別の話をし始めるのでした。一つ話が終わるたび、わずかに船は進んでいきます。
 食事の時間になると、アナウンスが流れ、皆が一斉に食堂に集まります。その時は、この船にこんなにたくさんの人が乗っていたのだ、と驚きます。メニューは中華料理で、日本でも馴染みのチンジャオロースや卵スープの他に、鶏の足を炒めたものや、落花生と花椒をあえたものなど、名前の分からない料理もあります。鳥の足はきくらげのようなコリコリとした歯ごたえで、小さな骨がたくさん残ります。花椒は震え上がるほどに辛く、私はそれを避けて落花生ばかりを食べました。そんな風に、美味しいながらも刺激の強い食事をして、最後にスイカを食べる時、その甘さがひときわ強く感じられるのでした。
 夜、薄い布団の上に横になっていると、船が揺れているのがはっきりと感じられます。昼間は意識しなかったエンジンの音が耳について、なかなか眠気を感じません。灯りを落とされた雑魚寝部屋の暗い天井を見上げていると、一時は忘れた不安が再び頭をもたげ始めます。私は固く目を閉じて何度も苦しい寝返りを繰り返しながら、まだ見ぬ上海を瞼の裏に現れ、それが消えてはよみがえるのを押さえつけようとして、いつまでも眠れずにいたのでした。